森田童子/森田童子全集Ⅳ 東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤 1978年7月29日、盛夏

muyubyou2007-11-19

偉大なる広告の裏の落書き
森田童子を聴くという行為、それはおそらく、森田童子を意識的に聞いたことのある人なら分かるだろうがとてつもない勇気と精神性を必要とする行為である、冗談ではなく。それは云万円もするLA MONTE YOUNGのLPをかけ分けのわからないラーガを延々聞いたり、VELVET UNDERGROUND 1stのオリジナルLPのバナナを剥がすこと以上の不遜な勇気と、JOHN COLTRANEPharoah Sandersの全レコードを焼き払うぐらいの確固たる精神性である。恣意的な思いかもしれないが、森田童子と向き合えば、私達が普段目にしないように/考えないようにしていることを全て1ページずつ捲らされている感覚。しかし、それはまるで昨日と明日を同時体験しているかのような不思議な感覚と時間軸の存在しない世界を優しくきかせる母のような感覚なのかもしれない。おそらくは、孤独な人が孤独な人に感じる安堵感、安堵する己に対する嫌悪、『君/私は一人じゃない』という古典的説法論ではなく『人それぞれの孤独感』を感じ更なる孤独へ落ちていく連鎖。取り残される己とどんどん進んでいく周辺。その、誰もが感じる疎外感/孤独感を森田童子は静かに抉り、或いは逆に癒す。のかもしれないし、違うのかもしれない。ようするに森田童子は語れない。のかもしれない。ただ私は携帯電話を充電するかのようにいつも森田童子を聴く。人はそれぞれ世の中をやり過ごしていくための何か、を求めている、のかもしれない。かもしれない、が多すぎる。